【実例で学ぶ】医薬品にフッ素を導入するメリット

医薬品の内、6個に1個程度は構造中にフッ素を含むと言われているので、医薬品におけるフッ素の重要性は高いです。
今回の記事を読むことで
- 曖昧だった薬の作用機序が明確になる。
- 生体内でのフッ素の動態が分子レベルで理解できる。
- CBT・国家試験に対する難易度が下がる。
これらに繋がる内容になっているのでぜひ最後までご覧ください。
医薬品にフッ素を導入するメリット
- 薬効を高める
- 安定性向上

実際の医薬品を使って説明するからイメージしやすいよ!
メリット1:薬効を高める
デキサメタゾン:原子1つの違いで抗炎症作用6倍!

デキサメタゾン(レナデックス®)の抗炎症作用はプレドニゾロン(プレドニン®)の約6倍です。
(参考サイト:4p.pdf)
構造の違いは1か所だけで、9位の置換基が
プレドニゾロン:水素
デキサメタゾン:フッ素
になっているだけです。
たった1つ置換基が違うだけでこれだけ薬理作用が変わることに驚きです。
スタチン:酵素親和性が上がりコレステロール低下作用UP

スタチンは有名なフッ素導入医薬品です。
具体的にはp-フルオロベンゼンの導入によりHMG-CoA還元酵素内のArg(アルギニン)と静電相互作用を起こすので、酵素阻害効果が高くなります。

このp-フルオロベンゼンは
- フルバスタチン(ローコール®)
- アトルバスタチン(リピトール®)
- ピタバスタチン(リバロ®)
- ロスバスタチン(クレストール®)
に含まれ、第一世代のプラバスタチン(メバロチン®)、シンバスタチン(リポバス®)には含まれていません。
ニューキノロン:抗菌スペクトル増大による飛躍的な進化
ここでは、フッ素による抗菌スペクトル拡大の例をご紹介します。
本題に入る前にキノロンの歴史にお付き合いください。

キノロンはオールドキノロンと現在用いられているニューキノロンに分けられます。
オールドキノロンの元祖であるナリジクス酸は血中濃度や組織移行性が低く、グラム陰性菌には抗菌効果を示すものの、緑膿菌には活性が無いというデメリットがありました。
こうした背景から構造変換が行われ、ピペラジニル基を導入したピぺミド酸が合成されました。
ピぺミド酸はナリジクス酸のデメリットだった代謝安定性や組織移行性が改良され、更に緑膿菌への活性を獲得しました。

その後、ピぺミド酸にフッ素を導入したノルフロキサシン(バクシダール®)が開発されました。(1984年)
フッ素を導入したことでグラム陰性菌だけでなくグラム陽性菌にも活性を示すようになり、最初のナリジクス酸と比べると飛躍的に活性が上昇しました。
メリット2:薬の安定性向上
前提として炭素-フッ素(C-F)結合は炭素-酸素(C-O)結合と比較して切れにくいので医薬品として分解されにくくなります。
これを知っているとこれからの話が理解しやすくなります!
ゲムシタビン:アノマー位の加水分解抑制
抗悪性腫瘍薬のゲムシタビンはDNAポリメラーゼを阻害してがん細胞をアポトーシス誘導するお薬ですが、構造に工夫が詰まっています。

2位に2つのフッ素を導入することで薬剤の分解を抑制して安定性を向上させています。
適応症などは「ゲムシタビン添付文書」をご確認ください。
タフルプロスト:代謝を受けやすいプロスタグランジンのデメリットを改善
PGF2αはFP受容体を介して眼房水の副経路からの流出を促進し眼圧低下を促します。
PGF2α誘導体は緑内障治療薬として用いられ、その1つであるタフルプロスト(タプロス®)はフッ素を導入することでPGF2αが代謝されやすいという欠点を補った製剤になっています。

また、タフルプロストのフッ素の効果は代謝安定性の向上だけでなく、受容体への親和性UPにも役立っています。
タフルプロストと同効薬のイソプロピルウノプロストン(レスキュラ®)のFP受容体への親和性はタフルプロストの方が1,700倍高いことが分かっています。
理由は、酸素(イソプロピルウノプロストン)よりもフッ素(タフルプロスト)の方が受容体に強力に結合する為と考えられています。

参考:PGF2α製剤の比較です。
やはり、フッ素を含む薬剤の効果が高い傾向にあります。
その他フッ素を活かした医薬品
5-FU:水素がフッ素に代わっただけで抗がん剤に!
5-FUのお話をする前に5-FUの作用点であるdUMPからdTMPの生合成を整理しておきましょう。
dUMP⇒dTMPの反応はシンプルでウラシルの水素が引き抜かれてチミンになるだけです。
この反応はチミジル酸シンターゼ、メチレンTHFによって進みます。

5-FUはdUMPの水素がフッ素に置き換わった構造をしており、dUMP⇒dTMPの反応を抑制します。
詳しく説明すると、ウラシルの水素がフッ素になっているので水素の引き抜きが起こらずDNA合成が止まります。

5-FUはウラシルの水素がフッ素に置換されただけの構造ですが、1つの工夫だけで抗がん剤として機能するのはすごいですね。
また、5-FUは関連するプロドラッグが幾つか販売されており、
- カルモフール(ミフロール®)
- カペシタビン(ゼローダ®)
- テガフール(TS-1®)
- ドキシフルリジン(フルツロン®)
- フルシトシン(アンコチル®)
※TS-1はテガフール、オテラシル、ギメラシルの合剤。
(詳しくは添付文書をご覧ください)
があります。

放射性医薬品:フッ素が放出する放射線を検出し病気の診断に!
悪性腫瘍などの診断に用いられる18F-FDG(フルデオキシグルコース)はフッ素が放射線(β+線)を放出することを利用してPET検査に用いられています。

そもそもがん細胞は普通の細胞に比べてグルコースの取り込み能が増加しています。
このがん細胞の性質を利用したお薬が18F-FDGです。

その他18Fが含まれた放射性医薬品はFDGの他にアルツハイマー型認知症の診断を目的にした
- フロルベタピル(アミヴィッド®)
- フルテメタモル(ビザミル®)
があります。
これらのお薬は薬剤がアミロイドβ(Aβ)に結合することを利用してPET検査に用いられています。
番外編:フッ素を導入した農薬
モノフルオロ酢酸は特定毒物に指定されている農薬で、日本では殺鼠剤として用いられています。
(特定毒物一覧はこちらをご覧ください)
モノフルオロ酢酸はアコニターゼを阻害して生物の呼吸を阻害します。
まず、モノフルオロ酢酸はフルオロアセチルCoAに代謝され、クエン酸回路に取り込まれた後フルオロクエン酸に変換されます。

フルオロクエン酸はクエン酸と類似した構造の為、アコニターゼを競合的に阻害してクエン酸回路、電子伝達系などに影響を与えます。

モノフルオロ酢酸に関する詳しい情報はこちらをご覧ください。
おまけ
薬の名前を見ればフッ素の有無が分かる?
構造にフッ素を含む医薬品は、名前に「フロ」や「フル」があるので覚えておくとお薬の理解に役立つかもしれません。
勿論、全ての医薬品にこの法則が当てはまる訳ではないので参考程度に留めておいて下さい。
歯磨き粉に含まれるフッ素の役割

歯磨き粉はフッ素が含まれる身近な物です。
あまり学ぶ機会がない内容ですが、これを機に覚えておくと国家試験で役に立つかもしれません。
まとめ:フッ素は医薬品の性質を理解する上で重要!
ここまでフッ素の重要性についてお話してきました。
フッ素は医薬品の性質を理解する為に重要な物質なので、これを機にフッ素への理解を深めて頂ければ幸いです。
